京都の史跡Part3

 大江山の酒吞童子の正体については、「やれ疫病だ」、「やれ外人だ」、はたまた「盗賊だ」などさまざまな説があるが1000年以上前の話なので確かめようもない訳です。

 今回は大江山繋がりで出会った本、元イギリス兵捕虜のフランク・エバンス氏「増悪と和解の大江山」から知った与謝郡与謝町にある史跡を紹介します。

 大江山周辺は昔から鉱山として有名だったようです。

※「鬼の交流博物館」にて撮影

 太平洋戦争中、大江山のニッケル鉱山で外国人捕虜が強制労働させられていたという。

 その時の手記とその後の与謝野町の人達との交流について書かれた本。

大江山ニッケル鉱山外国人労働者慰霊碑

巨大えんとつ(大江山ニッケル鉱山乾燥場跡)

 そもそも戦争というものがまともではなく、そこに関わる全てがまともなはずがなく、世界中同じようなことがあったと容易に想像出来ます。

 私の叔母達も樺太からの帰国途中、ソ連兵が笑いながら避難する民間人に向けて銃を撃って来て非常に怖い思いをしたと言っていました。私は叔母から直接話を聞きましたが、そのような出来事は多分記録には残ってないでしょうし、戦時中は多々あったことなのではないでしょうか?

 ごく一般のごくごく普通の人でも戦場で「死ぬか生きるか、やるかやられるか」の状況でまともな精神状況を保てるのは、よっぽど精神の強い人か、よっぽど人間の出来た人じゃないと難しいだろうというのも容易に想像出来ます。

 争いを無くすには「分をわきまえること」、そして「欲を捨てること」、だと私は思うのですが、欲を完全に捨てるのはほぼ不可能なほど難しいので、せめて「欲にとらわれない」、「欲に目がくらまない」ぐらいにはなりたいとは思っています。